NOTEノート

2023.07.07

伊那谷というローカルから、インキュベーションがはじまるには? | イベントレポート

2023年5月26日、inadani seesのオープニングイベントを開催しました!

ゲストにお招きしたのは、長野県立大学大学院ソーシャルイノベーション研究科長の大室悦賀(おおむろのぶよし)​​先生。

「ソーシャル・イノベーション(社会問題を解決する革新的な技術革新や取り組み)」やその源泉となる「イノベーション・アイデア」を長年研究されている大室先生と、「伊那谷というローカルからインキュベーションがはじまるには?」をテーマに、新しい変化が生まれるメカニズムや、イノベーションを生み出すために大事にしたいスタンスについてお話しました。

「気になってたけど行けなかった!」という方のために、当日の様子をご紹介します。

聞き手は株式会社 やまとわの奥田悠史、モデレーターはinadani seesスタッフの浅井葉月が担当しました。

今回のイベントには、伊那市内外の大学生や、伊那谷でプレイヤーとして活動されている方など、さまざまな世代・属性の約50名にご参加いただきました。

前半では、大室先生の最新の研究から「イノベーションはどのように起こるのか」についてお聞きしました。その中から、印象的だったポイントをご紹介します。

■新しい変化はどのように起こるのか?(大室先生によるプレゼン)

企業主導から市民主導へ。世界のイノベーション研究の現状

大室先生:
1990年代頃までは、組織の中だけで新しい商品や仕組みが生まれていました。
2000年代に入った頃から、異なる組織間で「コラボレーション」することで新しいものが生み出されるのではないかと言われはじめ、現在では「いろいろな人が雑多に集まらなければ新しいものは生めない」という議論が出てきています。
企業主導でイノベーションを起こしていた時代から、一般市民やユーザーが主役になって新しいものを生み出す時代に突入しつつあるということです。

多様性の高さが新しいものを生み出す

大室先生:
従来は「エコシステム (= 生態系)」という言葉が、新しいものを生み出す現場を表す言葉として使われていましたが、最近では「エコトーン(= 推移帯)」という言葉を使うことが増えました。
エコトーンとは簡単に言うと海と川が接するところで、海の生態系と川の生態系が混在しているような状態を指します。
エコシステムは安定した状態であり、多様性は中程度。一方のエコトーンは多様性が高い状態で、最近では「エコトーンでないと変化は生めない」と言われるようになってきました。
新しいものはシステム化された状況からではなく、今日のイベントのように、いろいろな人が混在している状況から生み出されるということです。

また、最近は「オープンイノベーション」という言葉がよく使われています。「オープン」というのは、偶然を生み出すときに「オープン=開かれた場」を前提にしているということ。そして、開かれた場で新しいものを作れるかどうかは、そこに集っている人の「質」にかかってきます。

「目的」ではなく「結果」としてのインキュベーション

大室先生:
目的を持って計画的に進めることからは、新しいものは生まれません。目的はなるべく小さな範囲にして、いろいろなものが混在している状態をつくっていくことが、新しい地域・新しい変化の根源になります。

利益を上げることや計画を立てることを目的とするのではなく、inadani seesにいろんな面白い人たちが出入りしていて、その中でいろんな偶然が起きて、新しいものが生まれる。そうやって、結果的にインキュベーションになるんです。

そして、新しいものを生み出すためには「アート」が必要です。芸術家が新しいものを生むための思考のプロセスを「アート思考」と言いますが、これは従来のように論理的に考えるのではなく、イメージしたものを絵に描くようなプロセスです。いま、このアート思考が私たちが何かを生み出すことにおいても重要だと考えられています。
映画監督の宮崎駿さんは、「映画につくらされている」と表現しています。
同じく、どんなまちにしていくのか、どんな会社になるのか、という結果を先に描いてイメージを紐解いていくことで、いろんなことが自然と動きはじめる。

自然と一体化する。自我を少し脇に置いてみる

大室先生:
文化もさまざまな研究も、すべて自然の中から立ち上がってきます。自然がないところからは、新しいものは生まれてきません。
都市にはできあがった文化しかなく、新しいものが生まれにくいため、ローカルから新しいものを生み出すことが重要となります。
これからの新しい変化は、自然の中の「よくわからないもの」を捉えて、それを具現化することから生まれます。

効率性と非効率性をくっつけてみると、そこに新しいものが生まれます。
矛盾するものを近づける、良いものと悪いものを近づけることで、そこに工夫が生まれます。
対称性思考というものがあるが、これは「自我を外しましょう」ということ。自然の中で自然と一体化してみることで、自我を脇に置くことができ、矛盾するものを近づけることができるようになります。

見えている世界だけを捉えると、既存のものしか生まれません。
それは地域の活性化も同じです。伊那の見えていない素敵なところをどのように捉えて、どのように具現化するか。従来の論理思考、目に見えているものをつなぐ思考だけでなくて、目に見えないものを捉え、統合的な思考をすることがインキュベーションしていく上でのポイントになります。

いかに目だけに頼らずに、耳や皮膚感覚などから情報を受け取るか。その受け取った情報から何かをピックアップして、出てきたアイディアをどのようにビジネスにしていくか。
自分の「こうしたい!」という気持ちを少し脇に置いて、人の話に耳を傾けながらアイディアを掛け算していくと、新しいものを生み出していけるのではないでしょうか。

■ディスカッション

大室先生のプレゼンを聞いた後は、参加者同士でディスカッションする時間が設けられました。

大室先生の話を聞いて湧き上がってきたものを、年齢や立場を越えて熱く語り合う様子が印象的でした。
それぞれの視点から出てきた感想や意見をシェアすることで、別の角度からの見方を知ることができたり、理解を深める時間になります。

■ひらめきを掴み、形にしていく(クロストーク)

ディスカッションの後は聞き手・奥田とモデレーター・浅井も参加し、3人でクロストークが行われました。前半のプレゼンを聞いて気になった部分について、深掘りしていきます。

新しい変化は、計画の「外」からもたらされる

奥田:
先にイメージやビジョンを描くことで、原因や行動は後からついてくるという話がありました。これは、先に目指す方向を決めることが重要だという話かと思います。そして後半では、目的を小さく持つことで偶然性を高めることの重要性のお話がありましたが、この一見相反することに対して、どのように捉えたらよいでしょうか?

大室先生:
たとえば「地域を活性化しましょう」と言われたときに、「活性化って何?」と定義してそこに向かおうとします。つまり、本当は目的に向かう過程でいろんな偶然が起こるのに、目的と合わないものは捨ててしまいますよね。
目的を小さくして余白を持っているほうが、偶然起こってくるものを拾うことができる。それが大事なんです。結果として、目指していた方向と逆方向へ行くことになったとしても、それはそれで楽しいじゃないですか。

KPIを設定すると、「目標に向かって最短で効率的にいこう」となりますが、それが変化を止める原因にもなってしまう。
「こうなったらいいな」というビジョンやミッションなども、結局過去の経験の延長線上で設定してしまうので、新しいことを生み出すには過去と逸脱する瞬間や、経験を活かせなくなる瞬間が必要です。経験の延長線上に目的を考えると、結果はなんとなく想定できてしまうので、それだとつまらないですよね。「伊那をこうしたい」となったときに、まず計画を立てるとします。その瞬間に、目的には近づいていけるかもしれないけど、それ以外の道がなくなります。

そうではなくて、まず経験を脇におくことです。
布団の中に入った瞬間に「これやったら面白いかも」とアイデアが思い浮かぶ瞬間があると思いますが、その捕まえたものを「結果」と言っているんです。アーティストはそういうプロセスでモノづくりをしています。

奥田:
ビジョンを定める中で、消えていく選択肢も許容しながら進めるか。「こっちのほうがおもしろいかもしれない」という感度をもちながら進めていくことなのかなと思いました。

大室先生: 
「これをやりたいけど、うまくいかないかも」と、もう一人の自分が言ってくることがありますが、その考えを入り込ませないようにできる人が「おもしろい人」になります。

とはいえ、イメージを現実に落とし込むには苦しさも伴います。そこのハードルをinadani seesでサポートできるようになったら素敵だなと思います。

奥田:
ふと、面白いことを思いついたときに、それを「これは面白そうだ!」と捕まえるのもきっとトレーニングが必要で、何回も回数を重ねることで感覚的にわかってきますよね。

大室先生:
作家の横尾忠則さんはイメージを日記のように書き留め、そこからヒントを得て作品をつくっていたそうです。そこから着想を得て、僕は経営者のみなさんに、トレーニングとして「夢日記を書いてください」とアドバイスしています。ふと浮かんだ考えや、寝ているときに見た夢を書き留めてもらうんです。

みなさんもふと浮かんだことを書き留めて、inadani seesに持ち込んでみたらいかがでしょう。全てをビジネス化する必要はないと思いますが、「伊那にこんなサービスがあったらおもしろいよね」というアイデアがつながっていくと、面白いことが起こりそうだなと思います。
でも、最後は言葉にしないとビジネスにはならないんですけどね。

奥田:
夢って突拍子のないものが多いですよね。夢では現実では自分が組み合わせないようなものが組み合わさるので、それが先ほどの対極思考のヒントになるんですね。

ふと思いついたことを、まずは信じてみる

奥田:
矛盾するものを近づけることで、どうしてアイデアがやってくるのでしょうか?

大室先生:
矛盾するものを近づける対極性思考は難しいものではあります。物理学の世界では、僕たちは並行して存在するいろいろな世界から、ただ選択しているだけだと言われています。一つを選択すると他の道筋が消えていくというのは、仮説ではありますが、量子力学で言われていることです。

僕らが見ている世界以外にもたくさんの世界があって、「見えていない世界を見る」というのは、そういった世界を見にいくような話なんですね。自分の経験が効かない領域になると、ふとそれが見える様になる、と覚えておいてもらえるといいかなと思います。
普段は安定のために、無意識的に見ないようにしているんですね。
矛盾しているものをなんとか解決しようとするとエネルギーが生まれると思いますが、そのエネルギーがあるからこそ、いろいろな世界が見えるようになります。

奥田:
そこに至るまでには、きっと深い鍛錬や修行とか、どれほどの時間を費やして考えたかとかが重要になりそうです。「自分が何をしたいか」も大事だけど、そこからさらにぶっ飛んだものをつくるには、自分の経験を度外視して、イメージを現実に落とし込む技術が必要になってきますよね。

トップアスリートや芸術家たちはそこに到達できるとして、僕たちのような普通の人はどうしたら自分自身に引き寄せて考えられますか?

大室先生:
「言語化出来ないけどなんだかワクワクする」という感覚が人それぞれあると思います。言語化できないけど心が動いたり、体が動くようなことに意識を向けるのが1つ。
もう1つは、イメージや夢など、出てきたものを信じてあげること。信じることって意外と難しくて、「そんなことできるはずない」と否定しがちです。でも、そこをまず自分が信じてあげることが重要です。

浅井:
大室先生が仰っている、「これやったら面白いかも」というイメージを捕まえた「結果」と、単なる思いつきの違いはどこにあるのでしょう?

大室先生:
経験の延長線上から出てきたイメージなのか、そうではなくイメージなのかは、感覚としてわかります。思いつきは、「なんとなく嫌」なんですよ。そのことを考え始めると気持ちが悪い。筋が通らないというよりは、感覚的にそれを受け入れられないというような。

区別が難しければ、思いついたことをまずは全部信じる。思いついたことをすぐ捨てずに、思いついた自分をちゃんと褒めてあげるのがいいかなと思います。

浅井:
どんな過ごし方をしたら、心地よい思いつきが湧いてくるようになりますか?

大室先生:
自然の中に身を置くと、目で見えるものだけではなく音や匂い、皮膚感覚などで捉えることができます。まずはその感覚を養うことが大切です。

僕は経営者たちと森の中に入るときに、「木や森と対話してきてください」と伝えるんです。自我が強すぎると自然の良さがわからないのですが、自分を少し脇におくと、自然から語りかけてくる感覚になってくる。そのときに、なるべく自分の「こうしたい」は脇において、「自然のために何ができるか」と考えてみます。利他的になると脳がまるで違う動き方をするようになり、副交感神経が動きはじめる。すると、ひらめきが降りてくるようになります。

トップアスリートの方は、「頑張るぞ!」という働きの交感神経が優位だと思われがちですが、実は副交感神経が優位な人のほうがトップアスリートになれるんです。これを「マインドフルネス状態」と言ったりもしますね。
ですから、ぜひ森の中に入りましょう。そして、少し利他的になりましょう。利他的になって森を歩いていると、何かをひらめくかもしれない。そのひらめきを、まずは信じましょう。

そして、アイディアを具現化するときには経験が必要になってくるので、inadani seesに来ていろいろな人と喋りましょう。するとアイディアの輪郭がはっきりとしてくるので、そこではじめて事業計画を書くんです。

奥田:
自然は自我や経験を超えた存在で、そこと対峙したときにひらめくようなものでないと変化は起こらない。マーケット・イン的な、市場が必要とするものをつくり続けた結果、そのやり方ではつくれるものがなくなってきたという話にもつながりそうです。
その思い込みを瓦解させる装置としての、大きなイノベーションのタネが自然の中にある、という話なのかなと思いました。

僕自身も企画を提案するときに、「なぜそうするのか?」と言われることがあります。過去の自分の経験から物事を見ている人と話すと伝わらないのかもしれません。
それはある種の複雑性や関係性を信じる態度なども必要な気がしていて、「その世界もありそうだね」という意識を持つことで、ほかの文化や視点に寛容になれそうな気がしますね。

大室先生:
言葉や概念に捕らわれずに生きるほうが自由ですよね。
アイヌの人たちはいろいろな工夫をして、「あ」という言葉でさまざまな意味を伝えていたようなのですが、現代の僕たちは頭や言葉を使って認識しているために、どうしても概念に捕らわれてしまいます。
「地域活性化」という概念もそうで、あまり概念に捕らわれずに、みなさんらしく自由に思い描いてもらったら良いのではないかなと思います。

奥田:
概念や型にはまってしまうと思い込みのループに入るので、それは1つの手法として軽く捉えながら、お風呂に入ったときに降ってくるひらめきを大事に掴む。
これまでは、ミッション・ビジョン・パーパスを言語化してそこを目指すようなやり方でしたが、これからはもっと個人的なことや、「良い」とされる社会の「その先」を目指していく必要がありそうです。


今回参加された方からは、「未知の概念を知れた!」「ここに来なければ出会えなかった人とお話しできた」といったご感想もいただきました。イベント後にさっそく森へ入り、「自然との対話」をしに行った方もいたようです。

一度聴いただけでは理解しきれない部分もあったかもしれませんが、その「よくわからない」の感覚も大切にしながら、ぜひ今回のお話をご自身に引き寄せていただけたらと思います。
いつか何かのタイミングで、「あの話はこういうことだったのかも」と、芽を出すときが来るかもしれません。

そして、ふと何かをひらめいたら、ぜひinadani seesにお話しにきてくださいね!

今後もinadani seesでは、みなさんの中にワクワクのタネや企てが生まれるようなイベントを開催していく予定です。どうぞご期待ください!