つづいていくまちは、地域ごとの文化が守られ、
その土地に生きる人たちが希望を持って生きていけるまち。
自然があり、心身の健康や学びがある。
やりたいことに挑戦できる環境があり、幸福がある。
私たちのようなローカルのインキュベーション施設は、
そんな「つづいていくまち」をつくるためにあるのではないだろうか?
「つづいていくまちをひもとく」では、さまざまな人の視点や取り組みを通して、
人の体温を感じられるような、
手ざわり感のある「つづいていくまち」を探っていきます。
今回は、「やってみたいこと」はあるけれど、なかなか一歩を踏み出せない。そんな想いを抱える大垣柚月さん、浅井葉月さんのお二人と焚き火を囲みました。
大垣さんはフリーの編集者として活動しながら、長野県松本市にて、ブックカフェ・銭湯・宿泊施設を運営する「栞日」で働いており、東京と松本を行ったり来たりしています。浅井さんもフリーランスで活動しつつ、2023年4月に「一番愛着のある土地」という京都から伊那に移住し、inadani seesの運営メンバーになりました。
行動力も決断力もありそうなお二人の「やりたい」と「踏み出す」の間には、どんなものがあるのでしょうか。夕暮れどきの森で、揺れる炎を眺めながら語っていただきました。
黒岩:
まずはお二人の「好きなこと」や「やりたいこと」をお聞きしてもいいですか?
浅井:
私は本がある場所が好きなんです。本屋さんも好きだし、本の話をすることも好きです。コンビニでちょっといいスイーツを買うのはためらうのに、本はパッと買っちゃう。本だけじゃなくて言葉や文章に愛着があって、自分で書いたエッセイをSNSに載せてみたりもしています。
黒岩:
いつ頃から言葉や本が好きになったのでしょう?
浅井:
小学校の頃はずっと図書室にいましたね。その頃に読んでいた児童書はいまでもよく覚えています。でも中学生になってからは、生徒会に入ったり社会的な活動にお誘いいただくことが増えて、だんだん本から遠ざかってしまいました。
大垣:
webメディアや音声メディアもあるなかで、やっぱり本が特別なんですか?
浅井:
絶対本じゃなきゃ、というわけではなさそうです。ただ、私は言葉が持っている手ざわり感まで共有したくて、そう思うとやっぱり本が好きだなと思います。
黒岩:
大垣さんはどんな「やりたいこと」があるんですか?
大垣:
私のおじいちゃんが東京・池袋で銭湯をしているんですよ。いまは銭湯のお湯はガスで沸かしているんですけど、それを薪ボイラーでやりたいなという想いがずっとあります。
黒岩:
池袋で薪ボイラーの銭湯ですか。
大垣:
私は学生時代に森林について学んでいたんですけど、都会で暮らす人たちにも森をもっと身近に感じてもらいたいなと考えていました。その手段の1つとして「銭湯っておもしろいじゃん!」と思ったんです。都会のなかに富士山がどーんとあって、湯船につかってそれを眺めながら「このお湯は木で温められてるんだね」「どこからきた木なのかな」なんてやりとりが生まれたらいいなって。
そんなことを考えてボイラーの虜になったのが19〜20歳くらいのことで、それ以来、いつか実現したいなと思っています。
大垣:
浅井さんは、いつかは本に関することを仕事にしたい気持ちがあるんですか?
浅井:
そうですね。いつか、広い意味で本屋さんになりたいなという想いがあります。書店に限らず、本ができるまでの過程に身をおいてみたい。それが文章を書く人なのか、流通や製本なのかはまだわからないんですけど、関わってみたい想いがずっと根っこにある感じです。
大垣:
生涯かけてどこかのタイミングで、みたいな?
浅井:
そうですね。でも、そんなこと言ってたらいつの間にか生涯が終わっちゃいそう(笑)。
黒岩:
本を自分で楽しむだけじゃなくて、他の人に何かを提供したこともあるんですか?
浅井:
最近だと、一人ひとりが本棚のオーナーになる「みんなの図書館」のイベントをしました。小さな箱を本棚に見立てて、それぞれのオーナーが選書した本を、オーナーの人となりを感じながら気になった本をその場で読める仕組みになっています。たまたま声をかけてもらって企画に参加したんですけど、本の周りに人が集まっている光景を見てとってもうれしかったですね。
大垣:
そういう活動をもっと大きくしていきたいとか、今後の展望はありますか?
浅井:
本が好きで、言葉が好きで、そういう自分にとっての大事なものをちゃんと大事にしながら、仕事にしていくやり方がわからなくて。最近だと小さく本屋さんをしている人もいるし、noteで発信している人もたくさんいますけど、いざ自分が仕事にしていくとなると具体的なイメージが湧かないんです。
奥田:
「こういう企画があるよ」と声をかけられたときに、それが自分のやりたいこととつながっていたら「私もやりたい」と言ってそうですよね。
浅井:
それは、直感を大事にしているというのもありますし、誰かから声をかけてもらったときは、声かけてくれた人の応援をしながら役に立てるなって思うのがあって。それに、挑戦する人と仕事をすると目標への進み方もわかるというか。
奥田:
なるほど〜。やりたいことや好きなことはあるけど、そこに向かうための道筋に靄(もや)がかかっているのが不安という状態なんですかね?
浅井:
以前ライターにチャレンジしたこともあるんですけど、インタビューの仕事をもらったとき、私は相手に対して興味を持てないと書けないんだなと気づいて。そうなるとライターは難しいのかなと思ったり、ドタバタしたら道が拓けるのかなと思いつつ、ドタバタのしかたもわからないというか……。
大垣:
すごく共感できます。私もやりたいことはあるんですよ。あるけれど、それを自分でゼロからやるより、すでにやろうとしている人に付いていくほうが景色がクリアになるなって思っちゃいます。
大垣:
私は文章を書くときに、その文章を読んだ人が自分のことをどう思うんだろうとか、それを読んだことによって傷つけてしまったらどうしようとか、常にそういう恐れを抱きながら書いているんですよね。でも恐れていたら何も出せないし、言葉を通してコミュニケーションを取っていきたい。その折り合いの付け方がすごく難しいなって思っています。
浅井:
私もその怖さは常にあります。誰かを傷つけたり、がっかりさせてしまうことをすごく恐れている。自分が書きたいと思って書いているものは自分発信なのであまり気にならないんですけど、クライアントに「期待外れだな」と思われたら嫌だなとか。
大垣:
何事も本気でやろうとするほど怖さが出てくる気がするんですけど、その怖さとしっかり向き合うほど何かが見えてくるのかな、とも思います。
浅井:
今回の座談会のテーマを見たときに、自分に当てはまりすぎて何も語れないなって思っていたんです。失敗するのが怖すぎるし、そもそも見えていなさすぎる。
チャレンジが見えているから失敗が怖いのであって、私は気持ちがあるだけで、チャレンジの道筋もわかっていないんです。
奥田:
さっきの「がっかりされたくない」がキーワードになりそうな気がしました。
中学生で社会的な活動をはじめて、自分に対する外側の視点を強く意識するようになると、確かに失敗ってしにくいよなって。
親の期待に応えようとしてどこかで限界が来ちゃうことってあると思うんですけど、「失敗しても信頼は失わない」という安心感があるとよさそうですよね。「失敗したらがっかりする人って本当にいるんだっけ?」みたいな。
浅井:
もしかしたら、自分で自分にがっかりしちゃうのかもしれない。親はがっかりしてないのに、親の期待に添えなかった自分にがっかりしちゃうのかも。
これまでは人の顔色を見ながら振る舞うことで居場所をつくってきたけど、視点を外側から内側に変えたときに、どう動いたらいいのかがわからなくなったのかもしれないです。
浅井:
伊那に来ることを決めたのは直感で、それ自体はいい選択だったと自信を持っているんです。一方で、数年後の展望があるわけではなくて、先の見えない将来に対して不安になることもあります。
大垣:
私も、仕事があってご飯が食べられて、いろいろな人と繋がって、友だちと話して。それだけで幸せだよなと思いつつ、どこかでさみしさや不安はありますね。
黒岩:
人生が不安ってことですか?
大垣:
不安でしかないです。
浅井:
右に同じです。
大垣:
20代前半の頃、身近にいた30代の人たちがすごく輝いて見えて、早く30代になりたいと思っていました。でも、自分が25歳くらいになって現実を見始めて、「キラキラしているな」と思っていた30代の人たちにある要素が、全部自分にはないことに気づいてしまって……。
黒岩:
どんな30代に憧れていたんですか?
大垣:
結婚して子どもがいて、素敵なお家に住んでいて。そういう理想像が自分の中にできていたのに、私は肩書きもよくわからないし、結婚も子どももできるのかわからない。憧れていた30代に自分がなれる自信がなくて不安になります。
いまはフリーランスで仕事をしていますけど、いつ病気になるかわからないし、仕事がなくなるかもしれない。もし食べていけなくなったら、テントを担いで旅しながら生きていこうかなとなんとなく思ってはいるんですけど。……何がこんなに不安なんでしょうね?
奥田:
先のことを見続けているから……? 僕はもともと一度森のことを諦めた経験があるから、「森の仕事がやれたらいいな」くらいの気持ちだったんですよね。ライターや編集者をやって、デザイン事務所を立ち上げて、そのうち森の会社をつくる話が来て。それまでのキャリアが合体していまの森林ディレクターになっています。
追いかけないと実現しない夢もありそうだけど、寄り道しないと辿り着けない道も実はたくさんあるんじゃないかなって最近は思っています。
大垣:
最近思うんですけど、私が不安が大きいのは、過去の絶望と向き合いきれていないからなのかもしれません。
奥田:
どんな絶望を経験したんですか?
大垣:
新卒で入った会社が倒産するという経験をして、それ以来、倒産や負債への恐れがあります。湧き出るものがなくなってしまって、自分で事業を起こす勇気がカラッカラなんです。
おじいちゃんの銭湯はいまは叔父さんが継いで、その下の世代の私や従兄弟の誰が継ぐのか、という状況なんですけど、自分で銭湯を継ぐ勇気が全くなくて…… 。
黒岩:
倒産の経験がよほど大きな衝撃だったのでしょうね。
大垣:
すごく会社を愛していて、そのときの感情がまだ処理しきれていないんです。ライフスタイルの提案をする出版社だったんですけど、埼玉から東京・世田谷区のオフィスまで自転車で出勤している人がいたり、編集長のデスク裏がスキー板やザックがたくさん詰まった倉庫になっていたり。働いている人たちが雑誌の世界観を全力で体現していて、そんな会社が持つメッセージ性を愛していました。
そんな中での突然の倒産で、道が途切れてしまったような感覚になっていて。
そのときの気持ちを処理できないまま、いまに至っているんですけど、あの悔しさをバネに次の一歩を踏み出せたら自分の中で大きな原動力になるんじゃないかな。
浅井:
実は私、以前うつ病と診断されたことがあって。そのときは「まさか自分が……」という気持ちで、いまでもその気持ちがうまく処理できていないんですよね。
最近だと自分の機嫌の取り方も少しずつわかってきたので、どうやってご機嫌な状態を維持できるかが小さなチャレンジになっています。
絶望って処理するんじゃなくて、人生の中で「問い」という形になってずっと携えていくものなのかも。絶望を携えてきたことで少しずつ物事の捉え方が変わってきて、人生そのものが変化してきたなと感じています。
奥田:
僕も絶望することも何度かあって、それは何度経験しても傷つかないようになるわけではなくて、そのときに「こんなことがあったんです」と話せる人や友達がいることってとてもありがたいことのような気がします。
大垣:
倒産でうろたえていたときに、「少しでも話し合える人がいたら」って思いました。私はひたすら夜中の公園で一人で干からびるくらい泣いて、お酒で潤いを補給するという方向に逃げちゃっていたから……。
黒岩:
それは辛い……。
浅井:
傷ついていることに気づいてもらえたらいいけど、自分から声をかけるのってすごく難しいなとも思います。
奥田:
自分で抱えてしまう方が楽だと考え込んでしまうこともありますよね。
大垣:
もっとお互いに「こういうことが怖いんだよね」と共有できたらいいな。どうやって怖さに向き合っているかを聞けたら自分にも活かせそうだし、みんなが怖さに立ち向かう勇気が出てくるんじゃないかな。
でもそんなことを話しながら、私は「怖いと思ってる」と人に伝えること自体が怖いんだなって気づいた!
奥田:
今日は挑戦をテーマに話してきましたけど、挑戦って何なんでしょうね?
浅井:
奥田さんはいろいろと新しいプロジェクトを手がけていて、挑戦している感じがします。
奥田:
あんまり挑戦している感じもないというか、楽しく仕事しているだけな気がします……。
大垣:
挑戦かどうかを判断しているのは自分じゃなくて、実は他人なのかもしれませんね。本人は目の前にあることにただ取り組んでいるだけであって、それを傍から見ると挑戦しているように見えるのかなと思いました。
浅井:
じゃあ、私も気づいたら挑戦しているのかも?
奥田:
挑戦という言葉を過大評価しているところはありそうですね。みんな他者からの評価が重要になって、自分の日々のことを過小評価しているのかも。
浅井:
もっと自分で自分のことを抱きしめられたらいいのにな。
奥田:
一番簡単なはずのことが、どうしてできなくなっちゃうんだろう?「もっと成長しなきゃ」「大谷翔平くんみたいにならなきゃ」とか、何か呪いがかかってそう。
ぐうたらな自分も愛せばいいのにね。
浅井:
それなのに、挑戦とか成長って「早いほうがいい」とか「若いほうがいい」と言われていて、そのギャップで焦るのかも。
奥田:
急がなくていいよね。いつか楽しい仕事に出会えたらいいし、いつか死ぬときに一緒にいたいと思える人に出会えたらいいよね。
大垣:
さっきの30代への憧れもそうなのかもしれないなぁ。
奥田:
10代や20代で輝く人もいるし、50代、60代で輝く人もいるだろうし。人によって時間軸やタイミングは違いそうなので、自分のタイミングを大事にしたいですよね。
浅井:
いまのを聞いて、じゃあ本屋さんもいつかできればいいかなって気持ちになってきました。いまの私は本が好きで、書くことが好き。それでいいんだな。
大垣:
呪縛とけない……!30代キラキラしたい!
奥田:
最高(笑)。
(文:黒岩麻衣、編集・写真:奥田悠史)