inadani seesは「企てをカタチに」をMissionに据えて、誰かの想いをカタチにして社会に登場させることを目指す場所として2023年5月にはじまりました。
inadani seesの小さなWEBメディア「sees NOTE」では、〈つづいていくまちを紐解く〉を1つのテーマに、挑戦と怖さについて語る座談会や、軽井沢病院院長・稲葉俊郎さんとの対談記事をお届けしてきました。
この頃からinadani seesの中では、「つづいていくまち」をとても大切なキーワードとして扱ってきたのですが、それが外にお知らせされていないことに気づきました。
inadani seesは、なぜ「つづいていくまち」を紐解こうとしているのか。
「つづいていくまち」のキーワードが出てきた経緯や、その言葉が指すものについて、inadani seesマネージャーの奥田さんに聞いてみました。
ー 「つづいていくまち」はNOTEに突然登場したキーワードだと思うんですけど、その言葉が出てきた経緯をお聞きしていきたいなと思います。
奥田 inadani seesができるとなったときに、「どうして伊那谷(*1)にインキュベーション施設が必要なんだろう?」と、そもそもの部分を考えたいなと思ったんですよね。
インキュベーション施設というのはビジネスをつくったりスタートアップ企業を支援する場所ですが、伊那谷に新しいビジネスが生まれたら、稼ぐ企業がつくれたらOKなのか……OKなのだとしたら、どうしてOKなんだろうと。僕の中でそういう問いがありました。
(*1)伊那谷とは、本州の真ん中、長野県に位置する南アルプスと中央アルプスに囲まれた谷です。伊那市、駒ケ根市、辰野町、箕輪町、飯島町、南箕輪村、中川村、宮田村の7市町村が含まれるエリアを指すことが多いようです。
地方に住んでいると、産業振興やワーケーションの文脈で簡単に「都市圏の企業さんに来てもらってここでビジネスをやってもらいましょう」と言いがちです。だけど、都市でビジネスをしている人の立場になってみたら伊那でビジネスをしたり、ワーケーションする理由がないと思うんです。全国に約1700の市町村があって、地方と呼ばれる場所はどこも自然環境や水が綺麗で、農産物はおいしくて。交通面でのアクセスのしやすさや住んでいる人や土地の雰囲気などに違いはありますが、田舎というのはだいたい同じような条件なのだと思います。
そう考えると、都市圏でビジネスをしている人たちに伊那に来てもらうのはそんなに簡単なことではないなと。ビジネスをつくることだけが目的なら、都市圏のほうが人口が多くてビジネスは成立しやすいはずですし、わざわざ伊那谷に来る必要もないですよね。
ー うーん……確かにそうですね。
奥田 だから、簡単に都市圏の企業さんに来てもらって、と考えるのではなく、自分たちの地域を自分たちでどうやってつくっていくのか、どんなまちだったら暮らし続けたいのか、という視点が大事だと思います。
地元を出たいと思っている人もいれば、大学で伊那に来て、「この場所は好きだけど就職先の選択肢が限られる」という話もあったり。そんな若い世代のことを考えたときに、この場所に生き続けるリアリティは持ちにくいのかもしれないなって。
この場所で生き続けるリアリティを持てるような楽しさやコミュニティや仕事が少ない。それこそが、まちがつづかない理由の1つなのだと思います。
ー 私も地方出身で、地元は好きでしたけど、その場所で仕事に就くイメージは持っていなかったですね。
奥田 その部分を解決しないと、まちはなかなかおもしろくなっていかないんじゃないか、って。
まちというのは決して勝手につづいていくものではなくて、統廃合を繰り返したり、廃村になる可能性だってあります。日本の人口は急激な増加から微増へと推移して、それでも増え続けていたところからいまは減少に転じていて。ここから先は本当にびっくりするような世界観が訪れると思います。
人が流出して人口は減り、人口が減ればビジネスのスケールも小さくなり、そこに対する投資の期待値、つまり社会からお金を呼び込める力が弱まっていき、地方の財政は国や県からの補助金がなければ成り立たなくなっていき……そういう自治体も多くなっていますよね。
まちがつづいていくためには、仕事や学びの場があることとか、その地域で生き続けたいと願う人が「この場所で生きていったらおもしろそうだな」という期待感や希望を感じられることなのだと思います。
海外ばかりがいいとは思わないんですけど、たとえば小さな村なのにすごくこだわった加工品やワインをつくっている人がいたりする地域というのは、誇りが高いなあという気がするし、自分たちのまちに対する愛着もつよくなるだろうなと感じていて。
フィンランドやスウェーデンは日本と同じくらいの面積で、人口が500万人とか800万人しかいません。
昨年(2022年)、フィンランドのヨエンスーという街に行かせてもらいました。この街は北カルヤラ県の県庁所在地で、人口5万3千人くらい。長野県でいうと長野市に当たります。約6万5千人が暮らす伊那市よりも人口は少ないですが、衰退しているようにはとても見えませんでした。
そう考えると、全国的に人口が減りつつある中でも、伊那谷に活気のある状態は目指せるんじゃないかなって。人口が減るとその分使える資源が増えるかもしれないし、ネガティブなことばかりでもないのかもしれません。
ー 伊那谷が「つづいていくまち」になるとして、どんな風景を思い描いていますか?
奥田 自分たちが誇れるものがしっかりとあって、それを求めて外からも人がやってくるような状態になったらいいですよね。いい意味でまちへの愛着があって、「伊那谷はいいところだよね」という声がまちの人から聞こえてくるような。「おいしいクラフトビールの醸造所とか、いい宿やカフェがあるからぜひ行ってほしい」と、地域の人たちが語りたくなるような仕事や産業があるのはいいまちだなと思います。
このあたりは精密産業も盛んなので、「小さいまちなのに◯◯に欠かせないパーツをつくっている会社があってね」とか、そういうパーツ産業のような領域にも想いのある人が増えたら、より活気のあるまちになりそうです。
「お父さんの会社は何をつくっているの?」と子どもから聞かれたときに、「ネジだよネジ」じゃなくて、「絶対に事故で人が亡くならない世界をつくるためのネジの技術開発をしているんだよ」と胸を張れるような、そんな語りがいろいろな場面であったらいいですよね。
伊那谷に遊びに来た人がタクシーに乗ったときに、運転手さんが「ここのネジ屋がめちゃくちゃかっこよくてね」と語ってきたら僕はいいまちだな、とホロリと胸が熱くなると思いますし(笑)
ー そんな景色は見てみたいですね(笑)。
奥田 すべての人が挑戦する必要はないと思うんですけど、やる気や希望を持った人たちがいて、その人たちが失敗しても責められたりせず「挑戦するだけすごいよね」と称えられ、間違ったことをしたら、ちゃんと叱られるような社会がいいじゃないですか。そうやって一段目のチャレンジをしている人たちが増えて「伊那はおもしろい企業が多いね」と言われるような。
そんな風景をつくるためにはデザイン思考的なアプローチが行政やまちに浸透しているほうが早道になると思っているので、「企てをカタチにする講座」のような企画を開催もするし、ここから生まれるビジネスがあるとしたら、それは目的やビジョンを持った企業になるだろうなと。経営者に明確なメッセージがあれば、地域は絶対におもしろくなると思うので。
そんな企業やプロジェクトなら、きっと僕らだけでなく周囲の人も全力で応援したくなるんじゃないかな。
ー 「農と森のインキュベーション」というのも特徴的ですよね。
奥田 その言葉についてもいろいろ考えてきたんですけど、「農」は人の営みで、「森」は自然の営みだと捉えています。
都市圏では商流をつくったり、インターネット上でやりとりが完結するようなものや人に対してサービス提供する仕事が多いと思うんですけど、僕らは自然から何かを取り出して価値に変えて提供したり、地域の農産物や加工品を販売したり、風土や自然資源を生かしたこだわりを持った産業をつくりやすいと思います。
都市にあるビジネスをリプレイスするのもひとつだとは思いますが、どうせだったらここでしかできないこととか、この場所だから優位に働くようなものが仕事として増えていったら、「やりたい仕事がある地域」はつくれるかもしれない。
そんな動きが起こるきっかけをつくることが、inadani seesの大事な役割なんじゃないかなと考えています。
次の世代に対して仕事や学びの場をつくったり、本当に価値あるものや責任ある行動をしていかないと、選ばれない地域になっていってしまう可能性だってあります。
なので、「まちはつづいていくものではない」という前提を思い出して、つづいていくまちをつくるには「本当につくりたいまち」を描いて動いていく必要がある。そこを考え続けたいなと思っています。